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上杉鷹山公の精神に触れるー2 [上杉鷹山]

(以下引用の続き開始)

 1773年、須田をはじめとする譜代の老臣7名が、鷹山に対して反旗をひるがえした。これまで鷹山を中心に改革派が推し進めてきた政策をすべて否定するという訴えを起こしたのである。「七家訴状」とよばれる四十五力条からなる訴状には、鷹山に対する批判や、 鷹山側近に対する不満、新政策への非難がつづられていた。

 鷹山は襲封以来はじめて、重臣たちの反乱にあうという重大な局面に立たされたのである。しかし、鷹山は果断であった。審査したのち、訴状の出された三日後には7人の重臣すべてを、切腹あるいは閉門、減知するなど処断した。こののち、改革政策は、活発な展開を見ることとなる。家中総出で労役に従事し、生産向上の実を上げるのである。

 安永元年から鷹山は「籍田の礼」をはじめた。中国の故事にならったもので、奉行以下諸役人全員が参列し、鷹山がまず鍬を打ち以下全員が鍬打ちをつづけて、最後に神酒を頂戴するという儀式であった。この家臣の労働奉仕を振起する行事は、鷹山在国の年には必ず行われました。翌安永2年から3年にかけて、新田の開発、河川の改修、橋の掛け替え、籾倉の建設など家中あげての労役奉仕による大規模な開発事業が行われた。武士たちが農民と共に賊役とされた労働に従事するなど、これまでは考えられないことであった。

 鷹山はまた、郷村をよく巡覧し、農業生産の実を上げた代表者に褒賞を与えた。そして、 代官の世襲を廃止し、優秀な人材を代官に登用したのである。

 また、鷹山は産業開発にも力を入れた。これまで米沢藩の伝統的産業は、青苧(あおそ)漆、蝋であり、藩財政の重要な部分を占めていた。しかしこれらの国産物はいずれも衰退していたのである。

 そこで安永4年、竹俣当綱によって発表された漆、桑、楮(こうぞ)各百万本の植樹計画は、財源の回復と山間部の農村復興を目指したものでした。縮み織りの染料となる藍の栽培をはじめたのも安永年間のことである。同時に藩営の縮織業を開始した。

 また鷹山が学問を重視したことはよく知られている。彼が興譲館という学校を築いたのは、安永5年のこと。彼の師匠である細井平洲を招き、身分の上下、年に関わらずみんなを招いた。

 幸姫は天明2年(1782年)30歳まで生きて亡くなった。その間、鷹山は江戸屋敷には一人の側室も置かなかった。鷹山の側室は、国元の米沢に置いたお豊の方ただ一人であった。このお豊の方は、上杉綱憲の第六子式部勝延の娘で、重定の従兄弟にあたる。鷹山より10歳年上であったが、お豊の方は教養も高く、鷹山をよく理解した賢婦人であった。彼女は鷹山の男子を二人もうけたが、いずれも早逝している。しかし鷹山との間はうまくいき、鷹山を支えつづけて81歳まで生きた。

 天明5年(1785年)鷹山は35歳の若さで隠退した。跡を継いだのは重定の世子治広。養父重定はいまだ健在であり、その実子に藩主の座を譲るというのは、いわば既定の路線であり、鷹山の忠孝心の表われでもあった。隠退にあたって鷹山が治広に与えた有名な「伝国之辞」は、鷹山の政治理念を象徴する 名言として知られている。

 
一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして、我私すべき物には無之候。 

一、人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物には無之候。

一、国家人民の為に立たる君にして、君の為に立たる国家人民には無之候。

 
 隠居した鷹山は城内三の丸に餐霞館(さんかかん)と名づけた隠殿を建て、そこで暮らした。生活はこれまで以上に質素を旨とし、仕切料も重定の三分の一以下。しかしまったく隠退してしまったわけではなく、10代藩主治広をバックアップし、さらに11代斉定をも後見して、米沢藩の経営を実質リードし続けるのである。文政5年1822年2月、病に倒れた鷹山は、一カ月の病床ののち、3月12日の朝、 静かに息を引き取った。享年72歳である。
(続く…)

 鷹山公は伝国の辞において、為政者は国、民に尽くさなければならないのであって、我欲、私心があってはならないと諭しているように思います。公より私を優先している今の与党政治家の人たちには、耳の痛い言葉ではないでしょうか!

   郷土のやまがた 「上杉鷹山の生涯」
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