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政治不信の増大は、二大政党体制をも揺るがす? [社会問題]

 朝日新聞は「派遣切り、限界集落…そこに「共産党」―ルポにっぽん」というルポルタージュを特集しています。読んでみると、現在の政治が、いかに弱者を切捨てにているかを痛感させられます。
 麻生首相は、自民党と公明党の都合ばかり考えて、選挙の先延ばしという政局に終始していますが、国民を無視したこうした行動が、政治不信を著しく増大させていることに気づいてていないようです。政治不信の増大は、民主党をも巻き込んで、二大政党そのものへの不信へと向っているのです。共産党へのシンパシーが除々に広がっているといっても言い過ぎではないように思います。

(以下記事からの一部引用開始)

 ■悲鳴拾えぬ二大政党

 「共産党をよく思っていなかった人も、『助けてくれるのはもうここしかない』と勇気を振り絞って接触してくるようになった」。ある共産党地区委員会の幹部は言う。

 自民党に電話したら「一般市民の相談には応じない」と言われたという失業中の40代の女性。派遣切りで役所に相談に行ったら「そういうことなら共産党に」と勧められたという32歳の男性。「退職を強要されたが、役所も労組も閉まっていて、土日も相談に乗ってくれるのは共産党だけだった」という25歳の男性……。まるで現代の「駆け込み寺」だ。

 小選挙区制導入後、自民、民主の二大政党制が進んだ。しかし、「働く貧困層」のような新たな課題、地域固有の切実な問題に、政治はこたえきれていない。生活がそれなりに回っている時、不当に扱われて不満があっても、多くの人は抗議の声をあげなかった。だが、がけっぷちに立たされ、声を上げるしかない状況に追い込まれた時の足がかりとして、全国に約2万2千の支部を置く共産党やNPOのドアがノックされている。

 「仕事の悩み、一緒に解決しましょう」。共産党も2年ほど前から、街頭でまくビラを雇用問題に焦点を当てたものにするなど工夫をこらしている。実際、インターネットの検索エンジンに、「雇用」「派遣切り」「リストラ」といったキーワードを入れると、共産党のページが上位に並ぶ。それを読んで電話してくる人も多い。

 「でも、彼らの政治的な受け皿が共産党しかない、みたいな今の状況は……」。私が言葉を継ぐのをためらうと、先の幹部は「それは、悲劇ですよ」と引き取った。

 党員増を喜んでばかりもいられない。彼らと手を携え、実際に政治を動かしていけるのか。

 「共産党もまた、試されているのです」


 ■「派遣切りは許せません」

 三菱電機名古屋製作所の派遣社員を中途解雇された方は、「相談はどんなことでも日本共産党へ(無料)」のビラを頼りに相談し、組合を立ち上げて闘っています。共産党に入党した彼の言葉は、
 こんな歪んだ社会はいつか根底から変わらざるを得なくなるぞと夢想してきた。しかし、傍観者としてその時を待つより、自ら動いたほうがはるかに楽しい。
 「社会を変えたい。オバマじゃないけど、『チェンジ』ですよ」。

 ■山村の高齢者も続々

 限界集落の奈良県川上村井光(いかり)の衆院奈良4区は、次の総選挙で自民と民主の一騎打ちとなる見込みだが、水面下で「選挙区は民主、比例は共産」という選挙協力が進む、主導しているのは、村の元森林組合長(85)。50年来の自民党員だが、郵政民営化を契機に民主党支持に変わった。「民営化は必ず、地方や弱者切捨てにつながる」。共産党に投票することに抵抗感はないという。

 元組合長は、「自分の考えをもって行動しないと、村も政治もよくならないと思うようになった。それがなかったら、惰性で死ぬまで自民党支持だったかもしれない」と話す。

(以上引用終わり)

 小泉政権以来、自公政権は強者優遇の弱肉強食の政治を行ってきました。その矛盾が噴き出しています。今政治に求められているのは、弱者や地方を優遇する政治への転換なのだと思います。今それに真剣に向き合っているのは、ボランティアと共産党しかないといえるのかもしれません。

 弱者と真正面から向き合う政党の出現が求められているのです。それは、麻生流に言えば、『自民党ではない、断じてありえないと思っております』ということなのだと思います。

   朝日新聞 「派遣切り、限界集落…そこに「共産党」―ルポにっぽん」の記事
タグ:派遣労働
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ワークシェアリングの実現性は低い? [社会問題]

 経営側も労働側も、従業員が仕事を分け合うワークシェアリングを雇用対策として言い始めました。だか、『ワークシェアリングの前提として賃金引き下げを念頭におく経営側と、雇用創出を重視する労働側の隔たりは大きい』と朝日新聞は伝えています。

 経団連の御手洗会長は、ワークシェアリングについて発言していますが、朝日新聞によると『労働者の賃金引き下げを念頭においたもの。不況期における緊急の失業対策として、「労働者の賃金は下がるが、雇用は確保する」という考え方だ。ワークシェアリングの対象も個別企業の正社員を念頭においているとみられる』と述べています。

 一方、労働側は、『連合が想定しているのは、パートや派遣社員など非正社員も含め、産業全体で仕事を分け合う姿だ。賃金引き下げを視野に入れる経営側の前提についても、今春闘でベースアップ要求を掲げる連合としては応じられない』。

 御手洗経団連会長は、ワークシェアリングで賃金引下げを狙っているようです(日刊ゲンダイでは、御手洗会長は、正社員の給料を2割削減しようとしているのではないかとの記事)。御手洗会長は、ころんでもただでは起きないというつもりなのでしょうか?連合の方は、雇用の確保、派遣切り阻止が目的なのですから、議論はかみ合うはずがないのだと思います。

 御手洗氏は外資系のキャノンの会長ですから、外資の意向には逆らえないでしょう。資本家側の論理を押し付けるだけの立場なのだと思います。こうした外資系の会社の経営者が経団連の会長職を勤めているということ自体おかしいのではないでしょうか? 民族系の会社経営者に代わったほうがよいように思います。とにかく、労使双方の信頼関係を高めないことには話は進まないのだと思います。

 結局、日本商工会議所会頭の岡村正氏が8月の定例会見でした発言が、現時点では当を得たものということになるのだと思います。

 岡村会頭の話、『「議論を開始するのは賛成だ」としたうえで、「賃金体系や企業文化の大変革を伴う問題で結論を得るには数年かかる。現下の問題を解決するには、非正規雇用者のセーフティーネット(安全網)強化や新しい仕事の創出(による雇用増大)だ」と述べ、ワークシェアリングは雇用対策の「即効薬」にはなりにくいとの見方を示した』。

 ワークシェアリングは、労使双方が譲り合い、共存共栄していこうという信頼関係が構築されない限り難しいということなのだと思います。

 朝日新聞 『ワークシェアリング浮上してきたが…労使「同床異夢」』の記事

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「かんぽの宿譲渡問題」に鳩山総務相が異議 [ニュース]

 日本郵政が「かんぽの宿」70施設をオリックスグループに109億円で一括譲渡することに決定したことに対し、鳩山総務相が、納得できないとクレームをつけました。「なぜ今の時期なのか?」「なぜ一括なのか?」「なぜオリックスなのか?」3大疑問ということでした。

 かんぽの宿は、簡易生命保険加入者のための福利厚生目的に保養センターとしてつくられた(天下り先をつくる意味もあった)ようです。民営化に際して、日本郵政の直轄となって「かんぽの宿」という名称になったという経緯があります。

 「かんぽの郷白山尾口」のホームページを見るとなかなか立派な施設のようです。約2万坪の敷地にはロビー・レストラン・大浴場・和室・洋室の客室(43室)などのセンターハウスと別荘風建物のコテージ(10室)などが点在していますと説明書きにあり、そのほかさまざまな娯楽施設が整っているようです。これら70箇所の施設が1ケ所2億円にも満たない金額で売却されるというのでは、あまりにも安すぎるように思われます。

 かんぽの宿は、もともとは国有資産であったものですのに、民営化されたということで日本郵政の西川社長の決済だけで、国に相談もなく決めてしまうというのもおかしいと思います。鳩山総務相の言うとおりであります。西川社長はなぜそんなに売り急ぐのでしょうか?(構造改革派の衰退で、民営化が後退しない前に処分してしまおうしているのではないでしょうか?)

 オリックスグループの宮内義彦最高経営責任者(CEO)は、政府の規制改革・民間開放推進会議の議長として「公的宿泊施設の廃止、または民営化」を決めました。オリックスへの売却は、自分で「かんぽの宿」の払い下げを決めておいて、自ら払い下げを受ける側に回るという、自作自演であり、八百長といわねばなりません。鳩山氏が、『出来レースだ』『こんなときに安売りするのか』と怒るのももっともなのです。

 オリックスの宮内氏は、道路公団でも甘い汁を吸っているのではないかと疑いの目で見られていると思うのですが、それにもかかわらず、「かんぽの宿」の一括払い下げを受けるとは、外見に似合わず相当神経の太い、厚顔無恥なる人なのかもしれません。小泉構造改革で焼け太りした人たちのうちの一人であることは、今回の件で確実となったといえるのではないでしょうか?

 鳩山総務相の言われるように、『李下に冠を正さず』であり、宮内氏は直接タッチした事柄から身を引き、遠くから改革を見守るべであります。法的な問題ではなく倫理の問題があるのです。

 ともかく、週明けには日本郵政から事情聴取するということですから、これまでのいきさつを徹底的に調べて、国民が納得できるような決着が為されるようにしていただきたいと思います。


【かんぽの宿譲渡問題】鳩山総務相、来週にも日本郵政から「事情聴取」(産経新聞)

 衆院予算委員会で民主党の枝野幸男氏の質問を聞く鳩山邦夫総務相=9日午前10時14分、衆院第一委員室(撮影・酒巻俊介) 日本郵政が「かんぽの宿」70施設をオリックスグループに一括譲渡を決めた問題で、鳩山邦夫総務相は9日午前の記者会見で「来週初めにも日本郵政から譲渡のいきさつなど詳しく事情を聴きたい」との考えを示した。一方、民主党はオリックスグループの宮内義彦最高経営責任者(CEO)の参考人招致を求めた。

 鳩山氏は記者会見で、宮内氏が議長を務めた政府の規制改革・民間開放推進会議(現・規制改革会議)が、平成16年8月の中間報告で「公的宿泊施設の廃止、または民営化」を盛り込んでいた事実を指摘。「私は『李下に冠を正さず』と言っている。宮内氏は直接タッチした事柄から身を引き、遠くから改革を見守るべきだ。法的な問題ではなく倫理の問題だ」と述べた。

 「かんぽの宿」問題は、9日午前の衆院予算委員会でも取り上げられた。民主党の枝野幸男衆院議員は鳩山氏の主張に対し、「良識ある発言だ」と賛意を示した上で「オリックスが応札したこと自体が理解不能だ」と述べた。

 国民新党の亀井久興幹事長は「なぜ焦って売るのか」と質問。鳩山氏は「国民は『出来レースだ』『こんなときに安売りするのか』と怒る。日本郵政が目指す会社分割での譲渡には私の認可が必要なのに日本郵政からは一度も相談がない。おかしいものはおかしい」と憤りを露わにした。

 一方、参考人として委員会に出席した日本郵政の西川善文社長は「かんぽの宿は不採算部門で早く売却してしまいたい」と説明した。

 「かんぽの宿」は郵政民営化にあたり、24年9月までに民間譲渡または廃止が法律で決まった。これを受け、日本郵政は昨年4月に一括売却に向け、公募を行い、27社が応札。2度の入札の末、昨年12月にオリックスへの売却が決まった。売却額は109億円だったとされている。
(以上引用)

 かんぽの宿のホームページ
 かんぽの宿『ウィキペディア(Wikipedia)』
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麻生首相の楽観主義は宗教の域と植草さんのブログ紹介 [時事問題]

 麻生首相は、年頭の記者会見を、「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意思によるものである。好きな言葉であり、ある学者の言葉(アラン「幸福論」)です」と楽観主義者であることを表明して始めました。
 そして、「未来は私たちがつくるもの。未来は明るい。そう信じて行動を起こす。そうした意志こそが、未来を切り開く」と続けました。

 麻生首相は、筋金入りの楽観主義者であることがわかりますが、これまでの言動を合わせて考えますと、楽観主義が一種の宗教の域にまで達しているかのようです。

 それで、自民党の未来も明るいと信じて疑わないのです。そう考えますと。自民党総裁選に当選したときの挨拶で、「政策を実行に移す力が我々以外の政党にどこにあろうかと思っております。その政党は民主党ではない、断じてありえないと思っております」と宣言したのも理解できるように思います。

 麻生首相は、楽観主義が正しいと信じて疑わないわけですが、楽観主義にも長所、短所があるように思います。あまりにも楽観主義過ぎますと、現実を正しく見ることができなくなるのではないでしょうか?

 たとえば、先に滝が待っている川を下る船の上で、楽観主義者は滝の危険を深刻に受けとめられず、そのまま滝へ落ちるということが起きるかも知れませんが、悲観主義者は危険をいち早く察知し、船を岸に着けると思うのです。

 今の自民党は、選挙という滝が待っているのですが。極端な楽観主義の船長(麻生首相)は、未来は明るいと、滝が見えていない状況にあるのか、あるいは見えていても見ない振りして現実逃避しているかなのだと思われます。

 過ぎたるは及ばざるがごとしで、極端な悲観論も、極端な楽観論もよくないのだと思います。事実を冷静に見つめ、分析することがなければならないと思います。麻生首相の極端な楽観主義は、日本の将来を危うくする可能性があるような気がするのですが?

 また、極端な楽観主義者は、頑固になって、反省することがないというところがあるのではないでしょうか? 麻生首相は、(100年の経済危機を錦の御旗にして)小泉構造改革を否定することなく路線転換をはかっているように見えます。権力を維持するために、自民党の政策が、カメレオンのように変わって国民を惑わしても、麻生首相は恥じいることがないようです。

 いずれにしても、麻生首相のような楽観主義者の目くらましに負けないようにする必要があります。そのために、我々一般国民は、小泉構造改革の総括という原点に帰って確認する作業を、定期的に行うことを欠かしてはいけないのだと思います。そして、その作業をしてくれているのが、植草さんのブログ『知られざる真実』であります。今回は、 「市場原理主義者の総括が変革への第一歩」と題して、市場原理主義を総括していますので、後段部分を引用させていただきます。

(以下引用開始)
 
 「市場原理主義者」の特徴は、「資本の利益増大」だけを追求し、「労働者」の分配所得減少、労働者の身分の不安定化にまったく配慮しなかったことだ。「資本」が利益追求に走る場合、「資本」は「労働」を機械部品として取り扱う。

 企業は派遣労働者の労働コストを「人件費」ではなく「物件費」として計上する。不況が波及して生産水準を切り下げるとき、企業は労働者の生活への影響を一顧(いっこ)だにせず、突然の「雇い止め」通告を冷酷に発する。

 企業を取り巻く競争条件の急変に対応して、企業の雇用人員調整の要請に応じるための制度変更を実施するのであれば、同時に労働者の生活を保障する施策を新たに設けることが不可欠だった。

 「市場原理主義者」は労働者の生活を安定化させる施策整備を主張しなかった。市場原理主義者は「資本の手先」としての行動を貫いて現在に至っている。この期(ご)に及んで「法人税減税」を唱える人物に、意見を求める理由は存在しない。

 1998年から2006年にかけての分配所得の推移を検証すると、雇用者の所得が減少した一方で、大企業収益、役員報酬、株主配当が倍増した。企業は存続の限界線を歩んだのではなく、史上空前の最高益を謳歌(おうか)したのだ。

 結局、労働市場の規制緩和は、「労働」の犠牲のうえの「資本」の利益増大をもたらしただけだった。派遣労働の拡大を中心とする非正規雇用労働の急激な拡大は、労働者のなかの低所得労働者の比率を急激に増大させた。しかも、派遣労働者を中心とする非正規雇用労働者に対する各種社会保険による保障整備は、完全に考慮の外に置かれた。

 繰り返しになるが、「同一労働・同一賃金」の基本ルールを早急に構築する必要がある。同時に、雇用を失う労働者に対する保障制度を確立する必要がある。派遣労働者、正社員、役員の所得に天文学的な格差がつく合理的な根拠は存在しない。企業経営に対する影響力の大小をよりどころに、労働者が資本家に搾取(さくしゅ)されているだけだ。

 日本の法人税負担は実効税率で比較して、諸外国に比べて突出して高いものではない。法人税が高いと主張して海外に移転するなら、そのような企業は海外に移転すればよい。そのような企業の製品を日本国民はボイコットすることになるだろう。

 政府の経済財政諮問会議には4名の民間議員が参加している。橋本政権が諮問会議を発足したときから、民間議員の構成は2名の財界人と2名の御用学者である。これらの「資本」と「財政当局」の利害を代表する「御用人」と「御用学者」がさまざまな制度改革を主導してきた。

 彼らは「資本の論理」を国の制度に反映することに注力した。その結果、労働市場の規制緩和が強行され、日本社会が変質した。「格差社会」、「労働者の生存権危機」は、「御用学者」と「資本家」によって導入された制度によって生まれたのである。

 経済財政諮問会議の民間議員に「消費者」と「労働者」の意向を反映する人物を登用する必要がある。

 小泉政権以降の自公政権は「市場原理主義」=「新自由主義」を表看板に掲げて、
  ①「弱肉強食奨励」=「大企業の利益」
  ②「官僚利権死守」=「特権官僚の利益」
  ③「対米隷属外交」=「外国(資本)の利益」
 を追求してきた。麻生政権もこの路線を踏襲(とうしゅう)している。

 2009年は政権交代を実現して、
  ①「セーフティネット再構築」=「国民の利益」
  ②「官僚利権根絶」=「国民の利益」
  ③「自主独立外交」=「国民の利益」
 を追求する路線に基本方針を転換しなければならない。

 「市場原理主義者」が「大資本(業)」、「特権官僚(官)」、「外国資本(外)」の利益だけを追求してきたことを明確に認識しなければならない。「市場原理主義者」は企業を取り巻く環境変化の機に乗じて、「労働」に犠牲を強いる「資本の論理」を日本社会に強引に植え付けた。「市場原理主義者」を総括することが、新しい時代に踏み出す第一歩になる。

(以上引用終わり)

 小泉構造改革の真っただ中で、道路公団改革委員会でしたか、田中委員長が辞任の際、「皆さん、だまされないようにしてくださいね!」と遺言してくれた場面が忘れられません。すったもんだして、結局最後に残ったのは、猪瀬氏と大宅氏という情けないことになってしまったのでした。田中委員長は、暗闘の中で改革の正体が分かってしまったのです。それで、あの遺言を残していかれたのだと思います。

 小泉改革は、自民党の有力政治家、一部の財界人、高級官僚、アメリカの外資が連携して、改革に名を借りた火事場泥棒を働いたようなものと言えるのではないでしょうか? 偽装改革の裏で、ひそかに大儲けた連中がいるのです。

 火事場泥棒は犯罪です。犯人を解明しなければなりません。そうしなければ、また繰り返される恐れがあるでしょう。小泉構造改革を総括しないで先に進めないし、進んではいけないのだと思います。

 最後に、田中委員長の遺言を記して終わりにします。

 「皆さん、だまされないようにしてくださいね!」

   植草一秀の『知られざる真実』 「市場原理主義者の総括が変革への第一歩」 
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麻生首相の「人間の矜持」はどうなるのでしょう? [ニュース]

 定額給付金について、政府与党は、「所得制限を設けるかどうかの判断を市町村に委ね、所得制限を設ける場合は年間所得千八百万円を下限とする」としていました。

 麻生首相は、自らを含む高額所得者の受給について「僕は受け取る気はありません」「多額の収入をもらっている方が『一万二千円ちょうだい』というのはさもしい。そこは人間の矜持(きょうじ)の問題」と自発的な辞退が望ましいと語ってきました。

 ところが、自民党の細田博之幹事長は6日昼の政府与党連絡会議で、総額2兆円の定額給付金について「給付金は景気対策なので、国会議員も辞退せずに、もらって使うべきだ。政府としても考え方をそろえてほしい」との発言をしたのです。

 河村建夫官房長官は六日午後の記者会見で、総額二兆円の定額給付金の所得制限問題に関し「内需拡大が景気に最大の効果があるというふうに経済情勢が大きく変わった。そういう視点を持たなくてはいけない」と従来の姿勢を転換し、内需拡大の観点から高額所得者にも受給を促す考えを表明しました。

 麻生太郎首相も6日夜、官邸で記者団に、自身が給付金を受け取る可能性について「まだ判断していない。(給付金支給の法案が通った)その時になって考えたい」と政府の姿勢転換にともない自身の対応を軌道修正した。

 麻生首相は、「生活給付金というイメージで最初スタートしたが、時代が大きく変わった。(今は)景気刺激に意義がある」。家計支援から景気刺激策の側面が強まったことを指摘し、「受け取り辞退」の前提が変わったことを示唆したというのです。
(以上東京新聞参照)


 定額給付金が不評で、弁明に苦慮している政府与党は、急遽名目を変えて、生活給付金ではなく景気刺激策ということにして、高額所得者の受給を奨励しはじめました。それには、政治家から範を示せと!

 ですが、日本の高額所得者は、一万二千円をもらったからといって、消費に励むような人たちでしょうか? 甘いように思いますけど! エコノミストの森永卓郎さんは、金持ちは寄付しないって言っていましたが、一万二千円は財布のなかに入ったままで、効果はないのではないでしょうか?

 地域振興圏で実証済のように、景気刺激策としては効果は微々たるものなのでしょう。どうしてもやるというなら、5倍の10兆円ぐらいの規模にするくらい膨らませないと効果は出ないのだと思います。

 それよりも、2009年問題(派遣労働者の失業問題)や、社会報償関係のセーフティネットの整備に振り向けるべきであるように思うのです。今年は、景気よりも何よりも雇用や生活のセーフティネットが重要になるのは目に見えているのではないでしょうか?

 麻生首相は、「僕は受け取る気はありません」「多額の収入をもらっている方が『一万二千円ちょうだい』というのはさもしい。そこは人間の矜持問題」とタンカを切りました。それなら、麻生太郎は死んでもいただきませんというくらいでないと『男太郎』とはいえないと思います。

 麻生首相は、「時代が大きく変わった」とも言われますが、半年も経たない間の出来事を時代が変わったとは、普通いわないでしょう。麻生首相の言葉遣いはどうもおかしいです。

 ともかく、三ヶ月で麻生太郎の矜持は崩れそうになってきました。麻生首相の矜持とはそんなものなのでしょう。発言がぶれるのも、むべなるかなであるように思います。

 東京新聞 「高額所得者にも給付金 政府転換、受給促す」の記事
 
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続、孤独の岸辺 引きこもり問題 [社会問題]

孤独の岸辺(毎日新聞) 

 ◇ガラス戸一枚の壁

 宮崎県延岡市。長屋の玄関を上がると、がらんとした6畳間で、うぐいす色のカーディガン姿の母の遺影がほほ笑む。この奥の3畳間に、息子(39)は25年間引きこもってきた。

 生後まもなく父は病死。スーパーの総菜調理場で土日も休まず働いた母は定年後、1日の大半を6畳間でテレビを見て過ごした。母は息子のことを、誰にも相談できなかった。息子は母に、焦りや不安を打ち明けられなかった。二人はガラス戸1枚隔てたそれぞれの部屋で、沈黙を続けた。

 8月、母が腎不全で入院した。息子が手を握ると、母は「私に勇気がなかったもんね」と告白した。「ごめんね」と謝ると、「そんなこと言わんでいい」。顔を背けた。9月、77歳で息を引き取った。

 母の告白が息子の背を押した。支援団体に救いを求め、役所に生活保護を申請した。
(以上引用終わり)


 延岡のケースはこれだけの短い記述ですが、インパクトのある内容なのではないでしょうか? 人生について、深く考えさせるものがあるように思ったのです。

 母親は息子に何もいえず、息子も母親にうちあけられずにひとり悩んで、ガラス戸一枚隔てて、25年間、別々の世界を生きてきてしまったのだと思います。

 母親は、病院のベットの上で、「勇気がなかったもんね」と告白しました。母は、息子のことをずっと思っていたのだと思います。息子への愛情はあったのです。でも、ガラス一枚の壁が破れず、息子へ伝えられずに、日々の生活の苦労に流されてしまったのではないでしょうか? 定年後、テレビを見るしかなかった母親の悔恨の情は、いかばかりであったでしょう。

 「私に勇気がなかったもんね」
 
 息子さんも、母親が、「勇気がなかったもんね」言ったとき、「ごめんね」と素直にあやまっています。息子さんも、母にすまないという思い、母への愛があったのです。でも、ガラス一枚の壁にさえぎられて、母が病気になるまで伝えることができませんでした。

 ガラス一枚の壁は、心の壁ともいえるのではないでしょうか? 人は、悩みでも何でも、どうしても自分のことばかり考えてしまいがちです。そればかりだと、知らないうちに心の壁をつくってしまっているのだと思います。

 人は、愛と勇気を持って、他人(ひと)と関わることを心がけて、心の壁をつくらないようにしていく必要があるのではないでしょうか。

 いまの世相は、人間関係が希薄になって、人々の感情の起伏が乏しくなっているように感じます。人生において、感情を豊かに保つということは、大切なことなのだと思います。他人(ひと)に、愛と勇気をもって、関わって生きていかねばと心から思ったのでした。

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麻生首相の年頭記者会見で感じたこと [時事問題]

 新聞報道によると、『麻生太郎首相は4日午前、年頭の記者会見を官邸で行い、衆院解散・総選挙に関し「解散は総理大臣、麻生太郎が決断する」と述べ、自らの手で衆院解散・総選挙に踏み切る考えを強調した。「急ぐべきは景気対策ということははっきりしている。まずは予算と関連法案を早急に成立させることが重要で、それまで解散を考えていることはない」と述べ、解散は2009年度予算案と関連法案の成立が見込まれる今年春以降とする考えを明言した。

 民主党との「話し合い解散」については、「考えていない」と改めて否定した。同時に、「(次期衆院選の)争点ははっきりしている。効果的な経済対策、景気対策、生活対策を迅速に打てるのは政府・自民党だ」とも語った。

 首相は「景気回復の後に消費税増税をお願いすると言った。無責任なことをできないのが政府、自民党だ」と述べ、「中福祉、中負担」維持のため経済情勢の好転を前提に消費税率引き上げを行う考えをあらためて表明。次期衆院選では経済・生活対策が主要な争点になると指摘した。』と伝えられています。(以上読売新聞、東京新聞参照)

 麻生首相は、自民党総裁選の当選挨拶で、『今国民が抱えております数多くの問題、生活の問題、将来への不安、また国家国民を守る安全保障の問題などなど堂々と掲げ、実行に移す力が我々以外の政党にどこにあろうかと強く思っております。その政党は民主党ではない、断じてありえないと思っております』と挨拶したのでした。

 念頭の記者会見でも、『効果的な対策を迅速に打てるのは自民党だ』と言って、政権を担えるのは自民党しかいないということを言外に匂わせています。

 麻生首相は、民主党など野党と協調する姿勢はないように思います。野党は、政府自民党に従いなさいということなのではないでしょうか? 第2次補正予算案は定額給付金と抱き合わせになっているので、野党は、(定額給付金をやめて)雇用対策や景気対策に使うべきだとして、定額給付金の分離を主張していますが聞く耳を持たないようです。

 麻生首相は、国民の直近の民意が現れている参議院の意志など問題にしていないように思われます。すべて、自分中心に世界がまわっている(自分が一番上等だ思っている)人なのではないでしょうか? こういう性格の人をどう表現したらいいのか悩んでしまったのですが…。

 麻生首相という人は、みんなが地動説が正しいと言っている時に、天動説が正しいと主張して悪びれないような人というのはどうでしょうか? ドンキ・ホーテ的な人と言えるのかもしれません。いずれししても、「100年に一度の経済危機」というからには、(私心を排して)みんなで協力して難局を乗り越えようというのが常識的な対処の仕方だと思うのですが、政局を第一にして(公より私を優先して)いるように見えるのは残念なことです。

 話は変わりますが、今年の箱根駅伝は、東洋大学が不祥事を乗り越え、感謝の気持ちをもって走って総合優勝しました。謙虚な気持ちで走ることが、、選手の能力を十二分に発揮させたように思います。

 今の世の中の流れは、分かち合いの精神とか、謙虚な心が求められているように思われるのです。麻生首相は、時代の流れに掉さしているように見えて仕方ありません。いずれ無理がでてきて自壊することになるのではないでしょうか?

 読売新聞 「解散時期、今春以降を明言…首相年頭会見」の記事
 時事ドットコム 首相記者会見の要旨の記事
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パレスチナ自治区ガザへの空爆続く [国際ニュース]

 イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの空爆は2日、開始から7日目迎え、これまでの死者は430人に上ったと朝日新聞が伝えています。今回の攻撃は、イスラエル政府が6ヶ月前から周到に準備していたともいわれていますので、長期戦を覚悟しているのかもしれません。一方、ハマスは、全滅するまで戦うという声明を出すといった情勢で、戦闘が収まる気配がありません。

 停戦へ向けての国連を始めとする各国の動きは鈍いのですが、サルコジ大統領は、フランスを訪問したイスラエル外相に、48時間の停戦を提案しましたが拒否されたようです。地上戦の可能性が、徐々に高まっているようです。

 イスラエル外相は、「ハマスと一般住民を区別している、ガザに人的危機はない」と強弁して、攻撃を続けることを表明しました。しかし、小さな子供を含む多数の民間人が多数犠牲になっていることが報じられているのです。さらに、地上戦が始まれば、市民に甚大な被害が及びます。

 戦争は、国家エゴによる殺人を正当化するものといえないでしょうか? 国家の中で思考しては分かりにくいかもしれませんが、地球レベルで考えれば殺人行為であることに、かわりはないことが分かるのではないでしょうか。戦争は愚かな行為なのだと思います。

 これ以上市民の犠牲を増やさないために、早期の停戦が実現することを願いたいと思います。
 

入院中の9歳少女、父「娘は空爆で口がきけなくなった」(朝日新聞)

 【カイロ=田井中雅人】イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの大規模空爆に巻き込まれた負傷者らが、隣国エジプトの病院に次々と運び込まれている。被害者は、身体だけでなく、精神的にも深く傷ついている。

 ガザ境界から400キロ余り離れたカイロ市内の国立ナセル医療施設。毛布にくるまっていたゼナ・ナスララさん(9)は焦点の定まらない目つきで宙を見つめていた。「空爆のショックで口がきけなくなってしまった」と付き添いの父エザトさん(31)。

 胃腸に持病があるゼナさんは、ガザの病院に入院していた。12月27日、イスラエル軍は病院そばのモスクを空爆。爆風で、病室の窓ガラスが吹き飛んだ。「病院にいても巻き込まれる。ガザ住民の人間の尊厳は認められないのか」とエザトさん。

 右腕と左足にギプスをつけてぐったり寝込むアンワル・アイドさん(35)は27日午前、ガザ北部にある勤め先の不動産会社の入り口にいた。イスラエル軍の戦闘機が近くに3発の爆弾を投下。アイドさんは爆風で吹き飛ばされた。一緒にいた同僚2人は即死した。イスラム過激派ハマスの治安施設が隣にあったが、自分はハマスとは何の関係もない。「イスラエルは、なぜ罪のない市民を次々と巻き込むのか。こうしている間にも、次々と殺されている」。妻子をガザに残したままで、不安にさいなまれている。

 イスラエルに境界封鎖されて「逃げ場」のないガザ住民への猛爆は続いている。イスラエルと接していない唯一の境界がエジプトと結ぶラファ検問所。アラブ諸国は「検問所の全面開放を求めているが、エジプトのムバラク大統領は「パレスチナ自治政府のアッバス議長がガザ地区を掌握しない限り、全面開放しない」としている。

 産経新聞 「【ガザ侵攻】イスラエル軍、ガザ侵攻でハマス応酬  戦闘激化」の記事
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定額給付金は、2009年問題に充当すべきでは [社会問題]

 年越し派遣村(東京:日比谷公園)には、300人を超える人々が支援を求めて集まったと報道されています。4~5人用のビニール簡易テント、50張では足らなくなって、外でストーブにあたりながら夜を越す人もいたようです。

 派遣を12月に解雇されて派遣村に来た男性の「宿も食べ物もない人がこんなにいるのかと驚いた。何とか暖だけでも不自由なく取らせて欲しい」という声は、派遣村の状況をよく語っているように思います。

 麻生首相は、年末の対策はできているとして、第2次補正予算を先送りし、野党が提出した「雇用対策法案」を葬り去りました。このことは、麻生首相の思考範囲が国会対策レベルでしかなく、政治の根本である憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」の実現を真剣に考えるところまで及んでいるのか疑問を生じさせるのであります。

 昨日のNHK、7時のニュースでは、派遣労働に関する「2009年問題」を取り上げていました。「2009年問題」というのは(私も知りませんでしたが)、2004年の労働者派遣法の改正では1年の雇用期間の制限であったものが、2007年の改正で3年に延長されることになりました。2006年に偽装請負問題が表面化すると、期間3年の派遣にいっせいに切り替えるということがあったようです。そして、その派遣切れが2009年にやってくるのです。

 厚労省の数字でも、3月までに5万人を超す人たちが、派遣切れを迎えるといわれています。実際は、もっと大きな数字になるでしょう。2009年は、派遣労働者が大量に解雇される事態が想定されるのです。そうなると、政治が手をこまねいていられる限度を超えた問題となるはずです。大きな社会問題なのだと思います。

 そうであるならば、(地域振興券で、後に何も残らないことが実証済みである)定額給付金をやめて、その2兆円の一部を「2009年問題」の対策に充当すべきではないでしょうか。政治は、より効率のよい税金の使い道を考えるべきだと思います。

 これまで、ホームレスの人たちは、行政の対象とされませんでしたが、2009年は無視できない規模に膨れる可能性があります。今年の政治の最優先課題は、国民の命と生活を守ることになるかもしれません。世の中の変化はめまぐるしくて、共生社会への転換をしないとどうにもならないような社会情勢になるのではという感じもするのですが…。


厚労省、派遣村宿泊用に講堂開放 300人超集まり(東京新聞)

 派遣契約打ち切りなどで仕事や住居を失った労働者らのための“年越し派遣村”(東京・日比谷公園)に想定を超える300人以上が集まり、厚生労働省は2日、公園に近い庁舎内の講堂を宿泊用に開放した。公園のテントで寝泊まりしていたほとんどの人が同日夜、講堂に移動した。開放は5日午前9時まで。

 派遣村の実行委員会によると、大みそかの開設時に130人ほどだった要支援者は日ごとに増え、2日に300人を超過。ほとんどの人は宿泊場所がなく、実行委が厚労省に対応を要請した。

 これまで、夜は公園内で4、5人用のテント約50張りを提供していたが、体調を崩して救急車で運ばれる人もおり、医療経験のあるボランティアが足りないという。

 宿泊場所については、厚労省のほかに東京都中央区も現在は使っていない施設を開放する。

 昨年11月に都内の運送会社を解雇されたという男性(47)は「友人宅やネットカフェを転々としてきたが、疲労がもう限界だ。社会に怒る力もなくなってしまった」と、炊き出しの食事を取りながら力なく話した。

 派遣村では約510人のボランティアが炊き出しや宿泊場所の紹介、相談を実施している。5日朝まで。問い合わせは実行委、電話090(3499)5244。 

   製造業が直面する「2009年問題」の深刻度
タグ:派遣労働
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孤独の岸辺、引きこもり問題 [社会問題]

 引きこもりは国の調査で32万人、民間推計では100万人規模に達しているそうです。一世帯に一人とすれば、100万世帯で人知れず悩みを抱えていることになります。表面にはでてこなくても、大きな問題であるのだと思います。

 毎日新聞では、「孤独の岸辺」と題して、この引きこもりの問題を『それぞれの孤独を抱えながら寄り添って生きる人たち。その心を見つめる』という視点から、特集を始めました。そのなかで『「社会滅びろ」ポケットにナイフ 救ってくれるのは母』と題した最初の人のケースを考えたいと思います。

 今の世の中は、国民全体が引きこもりになっているのではないかという気がしなくもないですが(それは置いとくといたしまして)、引きこもりは、どうして起きてしまうのでしょうか?

 うまく社会に適応できないということが大きな原因のように思いますが、自分に対する甘やかし、性格の弱さ、だらしなさという個人的な性格も関係しているのかもしれません。
 
 引きこもりを克服するためにと言って、いろいろな方法が試みられているのでしょう。スパルタ式に矯正するやり方などもテレビで報道されていたようにも思います。でも、一番有効なのは、すべてを受けいとめてくれる人がいることのような気がします。

 孤独の岸辺の36歳の男性の場合、何もかも受け止めてくれる64歳の母の存在が救いでした。母が言った、「それでも生きれ。必ず生きれ」 という言葉には心を打つものがありました。

 不憫な息子を一生面倒見られない母の、せつない思を感じとれたり、母のすべての力を振り絞った励ましを感じたり、母の息子への深い愛のこもった言葉なのだと思います。  

    「それでも生きれ。必ず生きれ」

 息子さんは、この母の言葉に励まされることでしょう。勇気をもって、強い心で生きていただきたいと思います。少し利己的に生きるくらいがちょうどよい世の中なのです。(以下「孤独の岸辺」より)


孤独の岸辺: コンプレックス抱き、引きこもり(毎日新聞)

 ◇「社会滅びろ」ポケットにナイフ 救ってくれるのは母

 6月の週末。その数日前、東京・秋葉原では無差別殺傷事件が起きていた。男性(36)は都内の自室で迷彩服の内ポケットにアーミーナイフを忍ばせ「渋谷に乗り込んでやる」と息を荒らげた。「こんなに苦しんでるのに、チャラチャラしやがって」。楽しそうに街を歩く若者への強い嫉妬(しっと)を以前から口にしていた。6年前からつき合っている支援者が、異変を察知して駆けつけた。

 気分転換のため電車で外に連れ出し、途中で飲食店に誘い込んで手を握り、背中をさする。落ち着きを取り戻した男性は、サングラス越しに目の前を通り過ぎる群衆をにらみつけ、声を絞り出した。「この野郎……。こんな社会、滅んでしまえ」

 母を殴る父の姿におびえて育った。中学のバスケット部では顧問教諭から問答無用で平手打ちを浴びた。「なぜ自分はこんなにも弱くて小さいのか」。周囲への恐怖は体格コンプレックスに変わり、母に手をあげるようになった。中2の春、父は別の女性と家を出た。

 高校中退後は自室にこもりがちになった。いら立ちが募ると、頭や体を壁に打ちつけ、包丁を手に母を追った。それでも母はどこへでもついてきた。2人で精神科やカウンセリングの窓口をたずねた。「とりあえず薬を出しましょう」「そのうち治りますよ」。お決まりの対応に落胆した。

 6年前、引きこもりの当事者の集まりに参加し、支援者に出会った。アジアへの2人旅に連れ出され、勧められるまま哲学や心理学の本を読みあさった。母が定年で郷里の青森・奥津軽へ帰ったのを機に、自立を目指し、一人暮らしを始めた。

 だが、コンプレックスはいまも消えない。大柄な男性におびえ、部屋へ逃げ帰る。街行く若者の姿に気持ちが高ぶり、電柱に拳を打ちつけて耐え忍ぶ。警備のアルバイトもスーパーのレジ打ちも、人の言動が気になって続かなかった。「社会に認めてもらいたいのに、どうすればいいのか分からない……」

 秋葉原事件が起きたのは、そんな時だった。「不細工」「負け組」と自分を卑下して孤立感を強めた加藤智大(ともひろ)被告(26)を、自分と重ね合わせた。

 今、日に何度も母に電話をかけ、耐えられなくなると、青森行きのバスに乗る。何もかも受け止めてくれる64歳の母が待っている。「母がいるから、僕は加藤君にならない」

    ◇

 奥津軽は地吹雪の舞う季節を迎えた。年の瀬、男性は母のもとを訪ね、将来への不安をこぼした。母は言った。「それでも生きれ。必ず生きれ」 

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